言葉は心の地下に反応する



言葉って不思議だな
と感じます。

言葉はそのキーワード特有のパワーを持っていますが、
そのパワーがどこに向けられているかで、
発揮の仕方が変わってきますね。


言葉そのもの自体にも、もちろん意味やパワーはありますが、
決してそれだけのパワーではありません。


その言葉を扱った人間が、
どこに対して向けた言葉なのか
どんな気持ちで伝えた言葉なのか
どんな環境で、どんな状態で、どんな状況で発した言葉なのか


そんな背景が まるっと詰め込まれていて
言葉は、
どんな人でも扱うことが可能であり、
そして、さまざまなエネルギーが凝縮されて、
”言葉”という形になっている
ということです。


これは 言葉に限ったことではありませんね。

音楽や
芸術、
料理
などなど


そのもの自体ももちろん重要なパワーを持っているけれど、
それよりも遥かに大きなパワーを持っているものは沢山あります。


言葉を含めたこれらは、
浸透力の強いツールのようなものですね。







想像してみてください。

例えば、
良い言葉と悪い言葉
があったとします。


良い言葉にありったけの温かい気持ちを込めて発したとしましょう。

良い気分にきっとなりますね。
温かい気持ちになったり、心が温まったり。


反対に。
悪い言葉にありったけの悪意を込めて発したとしましょう。

想像とおりですね。
良い気分にはなりませんね。


では、
良い言葉にありったけの悪意を込めたらどうでしょうか。
きっと良い気持ちにはなりません。


反対に。
悪い言葉にその悪い波動をのせないで愛情を込めて発したらどうでしょうか。
きっと思ったよりも悪い気分にもならないでしょう。



このように、
言葉自体にもその特有のパワーというのはありますが、
その言葉に込められた想いというものは、
言葉以上のパワーを持つことも可能です。


そういう風に思えば、
言葉の意味合いを決めているのも、人間であり、
古代から伝わってきているものもパワーがあるから、
言葉の意味の威力も発揮されます。


私たちの細胞には、
今まで身体が聞いてきた音、
魂が聞いてきた音というのが
インプットされています。

それと一緒に、
その音を聞いてどういう感情になったか、
どう捉えたかなど、
環境や風景、状況とともにインプットされています。


言葉も音です。
私たちの細胞は、世代や時代を超えて、しっかりとそのパワーを覚えているのです。

決して今世だけの話ではないのです。







私たちは、
言葉を聞いているようで、
パワーを聞いているだけなのです。
そのパワーを感じて受け取っているだけなのです。


言葉に紐づけられている意味だけで成り立っている世界ではありません。


時に、
特定の言葉を聞くと、
なんだか気になるな、パワーあるな、と心に残ったり。
心がむずむずしたり、なんとも言えないもどかしい気持ちになったり。
心の処理ができなくなるようなこともあります。


それは、
その言葉の音と、細胞に組み込まれている私たちの記憶が連動して、
眠っていたパワーが湧き出てきている現象です。



良い気持ちになれば、
自分だけのお守りの言葉にもなります。

むずむずしたり、脳裏に焼きついて離れないような強い現象の場合は、
あなたの細胞の中に消化しきれずに残っていたものが、解放したがっているのかもしれません。


はたまた、
言葉じたいのパワーではなく、その言葉と共に伝わる背景のパワーに反応している場合もあります。
その場合は、細胞が魂が、このパワーをきっかけに何かを思い出したがっているものです。


言葉や音というのは、
それだけ
人間本来のパワーに働きかけていることでもあり、
人間の細胞は、それほどまでにこれらのパワーを求めている

ということです。



そして、
これからの時代は今まで以上に、
そのような言葉や音のパワーを使った人間たちの変化が現れてくるであろうという、
今までは、序章にしかすぎなかったのだろうという、
実感の中

こちらの文章を書いておりました。




ps.
こちらの文章を書いている時、
ぐるぐると、
左まわりの円エネルギーが見えていました。

みんなの魂が、何かを思い出しているのかな。


ps.2
本当のところはね、
もはや言葉に接続されている意味って
もう重要ではないみたい。
どんどん薄れていっているようです。
それよりも、
言葉にのせてあるパワーのほうが主です。
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